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2009年6月16日 17:27

できない自分に合ったニッチのメリット



自分はできない人間


学生時代は水球に明け暮れる毎日、高校時代から外部から人を借りて
やっとメンバーが揃うか揃わないかのチーム、
大学時代はシーズン制スポーツ採用団体などを立ち上げてシーズン以外は
他のクラブに所属して大会に参加しても良いという決まりを作り、
他クラブから人を借りたりと所属していた水球部を活動しやすくしたり、
人数の足りないマイナークラブの活動を応援したり、
室内プールの建設を促進する為に署名運動を行ったり、
高校生、大学生を連れて自分たちのバイトしたお金で海外遠征をおこなったり、
ナショナルチームの海外遠征の引率をしたりと、いつも新しい事に挑戦して
結構自分は行動力があってできる人間だと思い込んでいた。


しかし、最初に就職した先では社会にでるとこんなにまで使えない人間なのかと
思い知らされた。さまざまな業種を受けてみたが、
世の中からコンピューターがなくなることはなさそうだし、
一番苦手(やったことがないだけだったが)な分野を克服できれば
何も怖くないだろうという安易な考えでグラフテックというコンピューターの周辺機器のメーカーに
営業として就職した。

72名ほどの同期の中で文系の出身は5人程、
中でもコンピューターを生まれてから一度も使ったこともなく、
機械おんちの私は研修では笑い者だった。

研修中に「AC/DCってバンドの名前では知っていますが、何のことですか?」

とこれは直流/交流のことだが、理数系では当たり前のことでも訳がわからず変な質問をしていた。

「お前がいると安心するよ」と同期からバカにされていた覚えがある。
当時は周りに追いつこうとコンピューター用語の本を買い、必至に勉強したものだった。
後に東京の営業部に配属されたが、任された30ほどの顧客は売上のほとんどないアカウント、
どうもがいても何度通っても、売上は上がらず、
営業会議ではぼろくそ言われて涙を流しそうになったことも何度かあった。
朝起きるとすでにおなかが締め付けられるほど痛く、初めて胃が痛くなる経験をした。

その時に付き合っていた彼女が「とても良く効く薬だから」
と言ってもらった緑の薬を飲み続けたところ、痛さが不思議とおさまった。
後にあの薬をなんだか聞いてみると、クロレラだと言われた。

「病気は気から...というでしょ」と彼女の言葉で楽になった。
プレッシャーは自分で自分自身にかけるもの、
外部からプレッシャーをかけられているように思えても
実際それをストレスとして自分が感じるのかどうかは自分次第。

そんな事が勉強になった。その時以来、自分が自分らしさをなくすようなストレスを感じた時は
「開き直る」ことにしている。「開き直り」とは現状を捨ててしまう意味合いがあるが、
そうではなく、今できるところから一歩一歩前進してやることを考えよう、
あまりにも大きな問題に直面した場合はゲームとして考えよう、このゲームに勝てるかどうか挑戦だ。

と自分で気を軽く持つようにしている。学生時代、冬には良くロッジの居候をしていたこともあり、
スキーはコブを滑るモーグルが大好きだったが、自分のレベルよりは高い、急な傾斜面に立った時、
「転倒する」、「怪我をする」、とネガティブに考えると体は硬直して思うようにいかない。

「行ける、行ける!」と思い込み、イメージできると結構やってしまうことがある。
水球でもどんなスポーツでも一緒。芸術も仕事もこれまた一緒だ。
私は妄想することを大事にしている。開き直って心に余裕を持たせて、
自分が目標を達成するためにはどんな道のりを歩んでどんな風に成功するのかを。

妄想できたらこれを地図にする。

いつでも一瞬に自分の状況ややるべきことが目に飛び込んでくるように。
以外とやるべきことが見えていると安心するもの。あとは一つ一つこなしていくだけ。


じつは自分の管理が一番へた

落ち着いて一歩ひくと見える大切な事



ニッチの面白さ

ところでグラフテックでだめだめ営業だったが、
図書券がもらえる社内提案だけは毎月いくつも出していた。

事業部と各営業所幹部の新製品会議で新製品の案を話し合う場に
新入社員の私は勉強のために出席させていただいていた。
しばらく沈黙が続いた。
その場で皆が腕を組んでだまっているのをわたしは我慢できず思わず自分の提案を口に出してしまった。

結果、横にいる先輩から

「お前、何を根拠にそんなことを言うのだ、いい加減な事は言うな!」
「いや、それがあったら便利だから…」

そのあと、案の定会議の内容は進まず。
ところがある日、全体会議の場で私がほとんどしゃべったことのない社長が私の名前を呼んで

「東京営業の森平君は偉い!毎月新製品提案を出している。皆見習うように」
「君はやれと言われてやっているのではないよな?」

と初めて数百人の社員の前で褒められた。しかし、先輩からは悲しいかな

「お前のせいで毎月の新製品提案を義務づけられた」「仕事増やしやがって」

との言葉ももらった。出る杭は打たれる。
今から考えると一人一人が自ら活き活きと提案できて、そしてそれが採用され、
商品化できるそんな社風であったならもっと良い会社であっただろうにと思う。


 さて、その時代はDOS/Vの時代、まだウィンドウズも紹介されて間もない時期、
営業は100%DOS/VやUNIXの市場で闘っている時期、
どうしょうも売上が上がらない私は自らの興味でアップルのマッキントッシュ市場を探ることにした。

体育会系の私だったが、元アパレルデザイナーだった母の影響もあり、絵を描いたり、
写真を撮ったりするのが好きで、将来自分の撮った写真を元に
CGを駆使し作品を作りたいという思いがあった。

そこでだれも入り込んでいなかったアップル市場の開拓やその他新規開拓に力を注いだ。
まずは少ない貯金をはたいて58万円で当時まだモノクロディスプレイで
解像度もガタガタなSEとプリンターに自己投資して購入した。
ダメなところに時間をかけるよりも新たな可能性にチャレンジしようと。

結果的に新規のアカウントが立ち上がり始め、営業2年ちょっとでようやっと思うような数字が
組み立てたれるようになり、アップルに関して何かがあると今まで馬鹿にしていた同期も
私に質問してくるようになった。

人のやらないことをあえてやる、新規を開拓する、この面白さを学ばせてもらった。
あえて売上のないアカウントを担当させてくれたグラフテックにはとても感謝している。
やはりどこかで苦労してやっとそういう発想が身に付くものだと思う。

 

 ひとと違うことをして成功する個性

 

 

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